前回は、「病院にはいつ行くべきなのか」という問いを起点に、糖尿病の初期・境界・グレーゾーンという考え方を整理しました。
「症状が出てからではなく、迷っている時点で相談していい」。それが、医療の現場から見たひとつの答えでした。
では、その先にある問いは何か。
——もし今、自分にできることがあるとしたら?
多くの人が最初に向き合うのが、「食事」というテーマです。
何を食べればいいのか。何を控えればいいのか。そして、どこまで続ければいいのか。
情報はあふれているのに、日々の生活に置き換えようとすると、急に難しくなる。それは、料理を生業としてきたトニーさんにとっても同じでした。
医師の視点と、料理人の身体感覚。その二つが交差したとき、「食事療法」は制限ではなく、設計として見えてきました。
そして会話は、こんな率直な疑問から始まります。
食事は「理想」より、まず現実から始まる

手前がトニーさん、奥が牧
トニー:正直に言うと、「食事が大事です」って言われても、料理人としては逆に困るんですよ。毎日食べ物と向き合ってるのに、じゃあ何をどう変えればいいのかって、意外と分からなくて。食べ物って言われても、結局どこで食べればいいんだよって話になりますよね。安売りの菓子パンのほうが財布には優しいし、吉野家とかファストフードのほうが現実的だったりする。
牧:そこは本当に大事な視点です。理想論だけでは続きません。
トニー:食を考えろと言われても、経済合理性が優先される。
牧:だから僕は、健診より先に改善できることがあると思っていて。
トニー:何ですか?
牧:食べる時間です。寝る3時間前までに食事を終えるだけでも、かなり違います。
トニー:24時に寝る人なら、19時くらいに。
牧:そうです。遅くなるなら、残業前に一度食べるほうがいい。食べてすぐ寝る生活は、エネルギーを使わない状態になるので、血糖上昇しているのに細胞はエネルギーを使わない。なので体に負担がかかります。
トニー:健康診断より、そっちのほうが実践的ですね。
料理人が始めた「小さな実験」
トニー:2025年11月から1月半ばくらいまで、食べたものと体の変化を全部記録してたんです。
牧:事前に送っていただいたPDF、読ませていただきました。とても興味深かったです。節制した食事をベースにしながら外食も組み込み、そのときの体調や食後の感覚まで細かく記録されている。医療的に見ても、生活習慣と身体反応の関係を自分の体で継続的に観察・検証している内容で、非常に価値のある記録だと思いました。
トニー:怖さもあったんです。「自分も糖尿病かもしれない」って。祖父母や父が糖尿病由来で亡くなり、兄も糖尿病なので、自分も無関係じゃないとは思えなくて。「糖尿病予防の記録」として始めました。
牧:かなり切実な理由だったんですね。
トニー:正直、病院に行くべきなのか、薬なのか、それとも生活を変えるべきなのか分からなかったんですよ。だからまず、自分の食事を整えてみようと思った。
牧:なるほど。まさに実験ですね。
トニー:はい。食べたもの、体調の変化、うまくいかなかったことまで全部記録しました。やってみて初めて分かったことも多かったです。
牧:例えば、どんなことですか?
トニー:空腹の状態で食べると、味のない野菜でも驚くほどおいしく感じるとか、少量でも満足できるとか。実際に体で試してみないと分からない発見でした。
牧:それはまさに、食事療法の本質なんですよ。
「食べない」ではなく、「設計する」
トニー:ただ、続けていると口内炎ができたりして。栄養が足りてないんだなって。それに、もともと70キロ台だった体重が、1〜2カ月で63キロまで落ちて。最初は「いい感じかも」と思ったんですけど、途中で「これは落ちすぎだな」と感じて、自分で少し戻しました。体力が続かなくなるのは怖かったので。
牧:それはすごく大事な気づきですね。体重が落ちること自体が目的ではありません。特に糖尿病の予防や改善では、「筋肉を落とさない」ことが重要なんです。
トニー:体重が減ればいいって話じゃないんですね。
牧:はい。急に体重が落ちるときは、脂肪だけじゃなく筋肉も減っていることがあります。そして口内炎が出たり、疲れやすくなる場合は、栄養バランスが崩れているサインでもあります。おそらく、タンパク質が不足していた可能性が高いです。
トニー:そこから「何をどれだけ食べるか」を考え始めました。こういう数字はあまり意識してなかったんですよ。
牧:まず標準体重を出します。トニーさんの身長なら約60kg。大事なのは、その体重で筋肉を維持することです。
トニー:体重じゃなくて筋肉。
牧:タンパク質は体重1kgあたり約1g。つまり1日60gが目安になります。
トニー:数字にすると分かりやすいですね。
牧:次に、じゃあ「どれくらい食べていいのか」という話になります。これは体重に活動量をかけて考えるんです。
トニー:活動量?
牧:たとえばデスクワーク中心の人なら、体重×20〜25。外で体を使うことが多い人なら、×30くらいが目安です。トニーさんの場合、標準体重を60kgとして、日常的に動く仕事なので、だいたい60×25。つまり約1500kcalくらいが一日の目安になります。
トニー:なるほど、そこから計算するんですね。
牧:はい。この総カロリーの中で、タンパク質や炭水化物、脂質をどう配分するか。それが食事療法なんです。
PFCを知ると、「感覚」が「設計」に変わる
トニー:今ここまで話していて気づいたんですけど、料理人としての感覚と、数字で体を見ていく視点って、全然別ものなんですね。味やバランスはずっと見てきたんです。でも、自分の体を対象にすると、数字で設計するっていう発想が必要になるんだなって。
牧:すごく本質的な気づきですね。料理としての感覚と、体を守るための設計は、似ているようで視点が少し違うんです。ここからが、食事療法の本題です。大事になるのが、PFCバランスという考え方ですね。
PFCとは、P(Protein=たんぱく質)、F(Fat=脂質)、C(Carbohydrate=炭水化物)のバランスのことです。それぞれのエネルギー量はこちらです。
C(炭水化物)1g=4kcal
F(脂質)1g=9kcal
トニー:脂質だけ、タンパク質や炭水化物の倍以上のカロリーがある。これ、料理してる側からすると結構衝撃ですよ。わあ、面白いですね。
牧:脂肪の話を「面白い」と感じてくれる人、実はあまりいないんですよ。
トニー:そうですかね。でもこれ、面白い話ですよ。タンパク質と炭水化物は同じ4kcalなら、ある意味バランスを取りやすいじゃないですか。問題は脂質ですよね。少量で一気にカロリーが増える。なんというか「負債の抱え方」が大きい。
牧:まさにそこです。「タンパク質を増やそう」と思うと、多くの人は肉を増やします。でも肉って、種類によって脂質量が全然違います。例えば100gで見ると、ささみは脂質1g前後。でも豚バラになると30g近く。同じ「肉を食べている」つもりでも、脂質は10倍以上違うこともあるんです。
トニー:料理の世界では「どれだけおいしく仕上げるか」で見てきたんですけど、体の側から見ると、同じ肉でも意味が全然変わるんですね。
牧:だから、タンパク質を増やしたつもりが、結果として脂質も一緒に増えてしまう。そこが食事療法の難しいところです。
トニー:つまり、肉を食べればいいって話じゃない。

牧:そうです。ここで大事なのは、脂肪の少ない高タンパク食をどう選ぶか。胸肉やささみ、豆腐、納豆などですね。
トニー:さっき納豆のパッケージ見ながら話してて、「1パックでタンパク質って8gくらいなんだ」って、初めて実感しました。なんとなく健康そう、じゃなくて、数字で見ると全然違うんですね。
牧:数字が見えると、一日の設計図が初めて作れるんです。
トニー:料理は感覚で作ってきたけど、体のための食事は設計なんだなって思いました。
「制限」ではなく、「続けられる設計」
トニー:料理はずっと経験と感覚を積み重ねて磨いてきました。でも、自分の体のための食事は、それに加えて「設計する」という視点が必要なんだなって思いました。
牧:まさにその気づきが大きいですね。食事療法って、本来は「制限」じゃなくて、「続けられる形を作る」ことなんです。
トニー:記録を続けていて思ったのは、「我慢」では絶対に続かないってことでした。
牧:そこ、本当に重要です。短期間だけ頑張る方法は、結局長続きしないので。
トニー:料理人として、美味しさを捨てることはできない。でも、食べ方とか順番とか、量は変えられるんですよね。
牧:そうなんです。「何を食べるか」だけじゃなく、「どう食べるか」を整える。そこが現実的な食事療法です。
トニー:正直、最初は「食べちゃいけないものが増えるんだろうな」と思っていました。でも記録を続けていくうちに、体の反応が見えてきて。同じ料理でも、意味が変わって見えるようになりました。この経験が、誰かの「最初の一歩」になればいいなと思っています。
牧:次は、その食事で取り込んだエネルギーをどう使うか。運動の話に入っていきましょう。
(対談 第5回につづく)


