料理人が、自分の体を実験台にしてみたら――食事療法は「制限」ではなく「設計」だった【対談#4】

前回は、「病院にはいつ行くべきなのか」という問いを起点に、糖尿病の初期・境界・グレーゾーンという考え方を整理しました。

「症状が出てからではなく、迷っている時点で相談していい」。それが、医療の現場から見たひとつの答えでした。

では、その先にある問いは何か。

——もし今、自分にできることがあるとしたら?

多くの人が最初に向き合うのが、「食事」というテーマです。

何を食べればいいのか。何を控えればいいのか。そして、どこまで続ければいいのか。

情報はあふれているのに、日々の生活に置き換えようとすると、急に難しくなる。それは、料理を生業としてきたトニーさんにとっても同じでした。

【トニーさんと牧について】

「むすび在宅ケアクリニック京都」を2025年10月、京都市中京区で開業した総合内科専門医・牧隆太郎。在宅医療の現場で日々さまざまな患者さんと向き合う彼が、定期的に足を運んでいる店のひとつが、一条通・紙屋川沿いにあるイタリアン「イルピアット」です。

オーナーシェフとして腕を振るうのは、トニーさんこと水谷啓郎さん。料理人として日々食と真摯に向き合うなかで、自身の体調や数値の変化から「もしかすると自分は糖尿病の可能性があるのではないか」と意識するようになっていました。診断が下されたわけではありません。しかし、忙しさや年齢だけでは説明しきれない違和感が、確かにあったといいます。

そうした実感をきっかけに、トニーさんは2025年11月から、自分自身の体を使いながら、食事や生活のあり方を見直す「小さな実験」を始めました。糖尿病と向き合う人でも、「おいしい」と感じられるイタリアンはつくれるのか。試行錯誤を重ねながら、料理と体調、数値の変化を行き来する日々を続けてきました。その取り組みは、2026年2月から「塩分控えめのメニュー」として店の中でも本格的に展開されるように。

医師の視点と、料理人の身体感覚。その二つが交差したとき、「食事療法」は制限ではなく、設計として見えてきました。

そして会話は、こんな率直な疑問から始まります。

 

食事は「理想」より、まず現実から始まる

手前がトニーさん、奥が牧

トニー:正直に言うと、「食事が大事です」って言われても、料理人としては逆に困るんですよ。毎日食べ物と向き合ってるのに、じゃあ何をどう変えればいいのかって、意外と分からなくて。食べ物って言われても、結局どこで食べればいいんだよって話になりますよね。安売りの菓子パンのほうが財布には優しいし、吉野家とかファストフードのほうが現実的だったりする。

牧:そこは本当に大事な視点です。理想論だけでは続きません。

トニー:食を考えろと言われても、経済合理性が優先される。

牧:だから僕は、健診より先に改善できることがあると思っていて。

トニー:何ですか?

牧:食べる時間です。寝る3時間前までに食事を終えるだけでも、かなり違います。

トニー:24時に寝る人なら、19時くらいに。

牧:そうです。遅くなるなら、残業前に一度食べるほうがいい。食べてすぐ寝る生活は、エネルギーを使わない状態になるので、血糖上昇しているのに細胞はエネルギーを使わない。なので体に負担がかかります。

トニー:健康診断より、そっちのほうが実践的ですね。

 

料理人が始めた「小さな実験」

トニー:2025年11月から1月半ばくらいまで、食べたものと体の変化を全部記録してたんです。

牧:事前に送っていただいたPDF、読ませていただきました。とても興味深かったです。節制した食事をベースにしながら外食も組み込み、そのときの体調や食後の感覚まで細かく記録されている。医療的に見ても、生活習慣と身体反応の関係を自分の体で継続的に観察・検証している内容で、非常に価値のある記録だと思いました。

トニー:怖さもあったんです。「自分も糖尿病かもしれない」って。祖父母や父が糖尿病由来で亡くなり、兄も糖尿病なので、自分も無関係じゃないとは思えなくて。「糖尿病予防の記録」として始めました。

牧:かなり切実な理由だったんですね。

トニー:正直、病院に行くべきなのか、薬なのか、それとも生活を変えるべきなのか分からなかったんですよ。だからまず、自分の食事を整えてみようと思った。

牧:なるほど。まさに実験ですね。

トニー:はい。食べたもの、体調の変化、うまくいかなかったことまで全部記録しました。やってみて初めて分かったことも多かったです。

牧:例えば、どんなことですか?

トニー:空腹の状態で食べると、味のない野菜でも驚くほどおいしく感じるとか、少量でも満足できるとか。実際に体で試してみないと分からない発見でした。

牧:それはまさに、食事療法の本質なんですよ。

 

「食べない」ではなく、「設計する」

トニー:ただ、続けていると口内炎ができたりして。栄養が足りてないんだなって。それに、もともと70キロ台だった体重が、1〜2カ月で63キロまで落ちて。最初は「いい感じかも」と思ったんですけど、途中で「これは落ちすぎだな」と感じて、自分で少し戻しました。体力が続かなくなるのは怖かったので。

牧:それはすごく大事な気づきですね。体重が落ちること自体が目的ではありません。特に糖尿病の予防や改善では、「筋肉を落とさない」ことが重要なんです。

トニー:体重が減ればいいって話じゃないんですね。

牧:はい。急に体重が落ちるときは、脂肪だけじゃなく筋肉も減っていることがあります。そして口内炎が出たり、疲れやすくなる場合は、栄養バランスが崩れているサインでもあります。おそらく、タンパク質が不足していた可能性が高いです。

トニー:そこから「何をどれだけ食べるか」を考え始めました。こういう数字はあまり意識してなかったんですよ。

牧:まず標準体重を出します。トニーさんの身長なら約60kg。大事なのは、その体重で筋肉を維持することです。

トニー:体重じゃなくて筋肉。

牧:タンパク質は体重1kgあたり約1g。つまり1日60gが目安になります。

トニー:数字にすると分かりやすいですね。

牧:次に、じゃあ「どれくらい食べていいのか」という話になります。これは体重に活動量をかけて考えるんです。

トニー:活動量?

牧:たとえばデスクワーク中心の人なら、体重×20〜25。外で体を使うことが多い人なら、×30くらいが目安です。トニーさんの場合、標準体重を60kgとして、日常的に動く仕事なので、だいたい60×25。つまり約1500kcalくらいが一日の目安になります。

トニー:なるほど、そこから計算するんですね。

牧:はい。この総カロリーの中で、タンパク質や炭水化物、脂質をどう配分するか。それが食事療法なんです。

 

PFCを知ると、「感覚」が「設計」に変わる

トニー:今ここまで話していて気づいたんですけど、料理人としての感覚と、数字で体を見ていく視点って、全然別ものなんですね。味やバランスはずっと見てきたんです。でも、自分の体を対象にすると、数字で設計するっていう発想が必要になるんだなって。

牧:すごく本質的な気づきですね。料理としての感覚と、体を守るための設計は、似ているようで視点が少し違うんです。ここからが、食事療法の本題です。大事になるのが、PFCバランスという考え方ですね。

PFCとは、P(Protein=たんぱく質)、F(Fat=脂質)、C(Carbohydrate=炭水化物)のバランスのことです。それぞれのエネルギー量はこちらです。

P(たんぱく質)1g=4kcal
C(炭水化物)1g=4kcal
F(脂質)1g=9kcal

トニー:脂質だけ、タンパク質や炭水化物の倍以上のカロリーがある。これ、料理してる側からすると結構衝撃ですよ。わあ、面白いですね。

牧:脂肪の話を「面白い」と感じてくれる人、実はあまりいないんですよ。

トニー:そうですかね。でもこれ、面白い話ですよ。タンパク質と炭水化物は同じ4kcalなら、ある意味バランスを取りやすいじゃないですか。問題は脂質ですよね。少量で一気にカロリーが増える。なんというか「負債の抱え方」が大きい。

牧:まさにそこです。「タンパク質を増やそう」と思うと、多くの人は肉を増やします。でも肉って、種類によって脂質量が全然違います。例えば100gで見ると、ささみは脂質1g前後。でも豚バラになると30g近く。同じ「肉を食べている」つもりでも、脂質は10倍以上違うこともあるんです。

トニー:料理の世界では「どれだけおいしく仕上げるか」で見てきたんですけど、体の側から見ると、同じ肉でも意味が全然変わるんですね。

牧:だから、タンパク質を増やしたつもりが、結果として脂質も一緒に増えてしまう。そこが食事療法の難しいところです。

トニー:つまり、肉を食べればいいって話じゃない。

牧:そうです。ここで大事なのは、脂肪の少ない高タンパク食をどう選ぶか。胸肉やささみ、豆腐、納豆などですね。

トニー:さっき納豆のパッケージ見ながら話してて、「1パックでタンパク質って8gくらいなんだ」って、初めて実感しました。なんとなく健康そう、じゃなくて、数字で見ると全然違うんですね。

牧:数字が見えると、一日の設計図が初めて作れるんです。

トニー:料理は感覚で作ってきたけど、体のための食事は設計なんだなって思いました。

 

「制限」ではなく、「続けられる設計」

トニー:料理はずっと経験と感覚を積み重ねて磨いてきました。でも、自分の体のための食事は、それに加えて「設計する」という視点が必要なんだなって思いました。

牧:まさにその気づきが大きいですね。食事療法って、本来は「制限」じゃなくて、「続けられる形を作る」ことなんです。

トニー:記録を続けていて思ったのは、「我慢」では絶対に続かないってことでした。

牧:そこ、本当に重要です。短期間だけ頑張る方法は、結局長続きしないので。

トニー:料理人として、美味しさを捨てることはできない。でも、食べ方とか順番とか、量は変えられるんですよね。

牧:そうなんです。「何を食べるか」だけじゃなく、「どう食べるか」を整える。そこが現実的な食事療法です。

トニー:正直、最初は「食べちゃいけないものが増えるんだろうな」と思っていました。でも記録を続けていくうちに、体の反応が見えてきて。同じ料理でも、意味が変わって見えるようになりました。この経験が、誰かの「最初の一歩」になればいいなと思っています。

牧:次は、その食事で取り込んだエネルギーをどう使うか。運動の話に入っていきましょう。

(対談 第5回につづく)

 

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