人は「向き合う」と決めた瞬間から変わり始める――正解を押しつけない医療、選択肢を増やす食【対談#6】

前回は、「なぜ食後の運動が効くのか」というテーマのもと、運動が血糖に効く仕組みを整理しました。

食べたものを整えること。そして、それを体の中でどう使うかを考えること。

その両方がそろったとき、人ははじめて「自分でコントロールできる状態」に近づいていきます。ここまでの対談を通して見えてきたのは、そんな生活習慣病との向き合い方でした。

では、その実践の先には何があるのでしょうか。

糖尿病という病気を前にしたとき、医療はどこまでできるのか。そして、本人にしかできないことは何なのか。

最終回では、ここまで重ねてきた気づきや学び、理解と実践を振り返りながら、医療と食、そして「向き合う意思」の意味について考えていきます。

【トニーさんと牧について】

「むすび在宅ケアクリニック京都」を2025年10月、京都市中京区で開業した総合内科専門医・牧隆太郎。在宅医療の現場で日々さまざまな患者さんと向き合う彼が、定期的に足を運んでいる店のひとつが、一条通・紙屋川沿いにあるイタリアン「イルピアット」です。

オーナーシェフとして腕を振るうのは、トニーさんこと水谷啓郎さん。料理人として日々食と真摯に向き合うなかで、自身の体調や数値の変化から「もしかすると自分は糖尿病の可能性があるのではないか」と意識するようになっていました。診断が下されたわけではありません。しかし、忙しさや年齢だけでは説明しきれない違和感が、確かにあったといいます。

そうした実感をきっかけに、トニーさんは2025年11月から、自分自身の体を使いながら、食事や生活のあり方を見直す「小さな実験」を始めました。糖尿病と向き合う人でも、「おいしい」と感じられるイタリアンはつくれるのか。試行錯誤を重ねながら、料理と体調、数値の変化を行き来する日々を続けてきました。その取り組みは、2026年2月から「塩分控えめのメニュー」として店の中でも本格的に展開されるように。

ここまでの対話を経て、最後に残ったのは、とてもシンプルで、本質的な問いでした。
医療は、誰のためにあるのか。そして人は、どこから本当に変わり始めるのか。

 

「患者」とは、誰のこと?

左がトニーさん、右が牧

トニー:ここまで話を聞いてきて思うのは、「結局、自分がどう向き合うかなんだな」ということなんですよね。

牧:そこは本当に大きいです。

トニー:食事も運動も、理屈としては分かる。でも、分かっただけで変わるとは限らない。

牧:そうなんです。僕も昔、師匠(牧を指導してくれたベテラン医師)によく言われたんですよ。「いい医療をするために必要なのは何だ? 医者が頑張ることか? そんなわけないだろ」って。

トニー:ああ、そういうことか。

牧:これ、本質なんです。医療者がどれだけ説明しても、どれだけ正しいことを伝えても、本人に「治したい」「変わりたい」という意思がなければ、そこから先には進まない。

トニー:その時点で、もうスタート地点が違う。

牧:はい。極端に言えば、行動がついてこない患者さんは、自分と病気に向き合いきれていないのかもしれません。

トニー:病名がついたから患者なんじゃなくて、「向き合おう」と思った瞬間から、患者になる。

牧:僕はそう考えています。

 

薬に頼る前に、考えたいこと

トニー:でも現実には、「食事も運動も分かったけど、薬でなんとかしたい」という人も一定数いるでしょうね。

牧:多いです。気持ちとしては分かります。薬があるなら、それで解決したいと思うのは自然ですから。

トニー:厳しいほうと楽なほうがあれば、楽なほうに流れたくなる。

牧:ただ、糖尿病の場合、そこに落とし穴があります。食事療法と運動療法をやらずに、薬だけで押さえ込もうとすると、根本の部分が変わらないままになりやすいんです。

トニー:前に話していた「インスリンをたくさん出させる」みたいな話ですね。

牧:そうです。たとえば2型糖尿病で、インスリンの効きが悪くなっている状態に対して、薬で無理やり血糖を下げることはできます。でも、生活そのものが変わらなければ……。

トニー:結局、土台はそのまま。

牧:そうなんです。しかも、やり方によっては太る方向に働いてしまうこともある。そうすると、また内臓脂肪が増えて、さらにインスリンが効きにくくなる。悪循環ですよね。


トニー:薬が悪いわけではないけど、薬だけでは足りない。


牧:まさにそうです。薬は必要な場面で使うべきです。でも、その前に考えなければいけないことがある。食事と運動で変えられる部分があるなら、そこを無視してはいけないんです。


食事療法と運動療法の本質は、「生き方を変える」こと

トニー:ここまでの話を聞いていると、結局、食事療法と運動療法って、「メニューを変える」とか「歩く」とか、そういう表面的な話だけじゃないですね。

牧:結局、「生き方を変えてください」という話なんですよ。

トニー:重いですね。でも、確かにそうだ。

牧:食べる時間を変える。食べる量を考える。歩く時間をつくる。寝るタイミングを見直す。どれも小さなことに見えて、実際には生活全体を組み替えることになる。

トニー:だからこそ、理屈だけでは続かないんですね。


牧:はい。根性論では絶対に続きません。続けられる設計にしないと無理なんです。


トニー:この連載を通して、自分の中でもそこへの意識は明確に変わりました。最初は怖さから入って、「とにかく減らさなきゃ」と思っていた。でも、話を聞いていくうちに、減らすことだけが目的じゃないんだなと。


牧:どう変わりましたか。


トニー:食べることも、動くことも、「自分を追い込むため」じゃなくて、「選べる状態を保つため」なんだなと思うようになりました。


牧:とても大事な理解ですね。


トニー:我慢するための生活じゃなくて、自分の体を健やかに維持するための生活。その視点に変わった感じがあります。

 

おいしくて、体にも無理がない料理を目指したい

牧:トニーさんの場合は、そこに「料理人」という立場があるのが大きいですよね。

トニー:そうですね。僕は医者じゃないし、誰かに治療をすることはできない。でも、料理を作ることはできる。

牧:それが大きいと思います。


トニー:今回、自分で食事を記録してみて、同じ「食べる」でも意味が全然変わることが分かったんですよね。何を食べたかだけじゃなくて、どう食べたか、いつ食べたか、食べたあと体がどう反応したか。そこまで見えてくると、料理の役割も少し変わって見えてくる。


牧:単においしいだけでは終わらない。


トニー:はい。もちろん、おいしいことは絶対に大事なんです。でもそのうえで、「食べたあと、自分の体がどう感じるか」まで考えた料理は作れるんじゃないかと思っています。


牧:それが今、お店でも形になり始めているわけですね。


トニー:そうですね。塩分控えめのメニューもそうですし、これからは「我慢の料理」じゃなくて、「選択肢を増やす料理」を作っていきたいです。


牧:すごくいい言葉ですね。


トニー:糖尿病の人でも食べられる、ではなくて、誰が食べてもおいしくて、その結果として体にも無理がない。そういうものを作れたら、それは料理人として意味のある仕事だなと思います。

 

カロリーを「見える化」すると、食べ方が変わる

トニー:それと、今回すごく勉強になるなと感じたのが、「カロリーを可視化する」ということなんです。例えばメニューを考えるときに、料理ごとのカロリーを出しておけたらいいなと。

牧:今はだいぶ調べやすいですよね。


トニー:材料を入力すればAIでも計算できることも分かったので。お客さんに「気をつけてください」と言っても、それだけでは難しいと思うんです。でも数字が見えると、少し意識が変わる。例えばメニューにカロリーが書いてあれば、「自分が一日にどれくらい食べていいのか」を知っている人は、それを参考にできますよね。


牧:確かに。


トニー:「自分の一日の目安ってどれくらいなんですか?」と聞かれたら、「AIに聞いたら出ますよ」と言える。身長と体重を入力すれば、だいたいの目安は出ますから。そこから、「今日はこれくらいにしておこうかな」と考えるきっかけになる。


牧:とてもいいと思います。


トニー:もちろん、外食ですから単価が下がる可能性もありますよね。「今日はこの一皿でいいかな」となるかもしれない。でも、それでもいいかなと思っていて。むしろ予防医療というか、健康につながることで、長く通ってもらえるお店になるなら、そのほうがいいんじゃないかと。


牧:なるほど。


トニー:商売って、極端に言えば「価値をどう見せるか」みたいな部分がありますよね。でも、そこを包み隠さず出していく店もあっていいんじゃないかと思うんです。うちはもともと正直にやっているほうだと思うんですけど、そこにカロリーまで出したら、もうかなり面白い店になるんじゃないかなと。


牧:確かに、イタリアンでそこまでやっている店は見ないですね。


トニー:そうなんですよ。イタリアンって、どうしても「オイリーでカロリーが高そう」というイメージがありますよね。でも、そこにカロリーの概念があって、しかもおいしいとなったら、それは新しい価値になる気がしています。


牧:それは今の流れにも合っているかもしれませんね。


トニー:オリーブオイルがどれくらいカロリーを持っているのかとか、僕自身も改めて調べてみたいと思っています。料理人として、そこを理解したうえで料理を作ることが、これからはすごく意味のあることなんじゃないかと思っています。

 

正解は一つじゃない。向き合い始めた、その時点から

 

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トニー:ここまで全6回話してきて思うのは、結局「正解は一つじゃない」ってことですね。

牧:そうですね。


トニー:病気の状態も違うし、生活も違うし、仕事も違う。だから、全員が同じやり方でうまくいくわけじゃない。


牧:はい。だからこそ、押しつけでは続かないんです。その人の生活に合った方法を一緒に見つけることが大事です。


トニー:その意味で、医療って「答えを出す場所」じゃなくて、「一緒に考える場所」でもあるんですね。


牧:僕はそう思っています。もちろん診断や治療はする。でも最終的には、その人が自分で続けられる形に落とし込まないと意味がない。


トニー:だから、最初の一歩は「治したい」と思うこと。


牧:はい。そこからです。食事でも、運動でも、健診でもいい。向き合い始めた時点で、もう流れは変わり始めていると思います。


トニー:なんか、最初は「糖尿病って怖い病気だな」というところから始まったんですけど、最後は「どう生きるか」の話になりましたね。


牧:本当にそうだと思います。


トニー:この対談が、誰かにとっての「気づくきっかけ」や「向き合い始めるきっかけ」になったらうれしいです。


牧:そうですね。怖がるだけで終わるんじゃなくて、「じゃあ自分は何をしようか」と考えるきっかけになれば、それが一番いいと思います。


糖尿病は、気づかないまま進む病気です。でも同時に、気づいたその時点から、進み方を変えていける病気でもあります。


何を食べるか。どう動くか。いつ受診するか。どこから向き合い始めるか。


その正解は一つではありません。けれど、「向き合おう」と決めた瞬間から、人は変わり始めます。


怖さを知ること。自分の現在地を知ること。そして、無理なく続けられる形を探すこと。この対談が、その最初の一歩になれば幸いです。


(完)

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