糖尿病は、体のどこから壊していくのか――「し・め・じ」で理解する、三大合併症のリアル

前回は、糖尿病がなぜ「気づいたときには進んでいる」ことが多いのかを、トニーさんの実感と、牧の医療の視点からひもといてきました。

【トニーさんと牧について】

「むすび在宅ケアクリニック京都」を2025年10月、京都市中京区で開業した総合内科専門医・牧隆太郎。在宅医療の現場で日々さまざまな患者さんと向き合う彼が、定期的に足を運んでいる店のひとつが、一条通・紙屋川沿いにあるイタリアン「イルピアット」です。

オーナーシェフとして腕を振るうのは、トニーさんこと水谷啓郎さん。料理人として日々食と真摯に向き合うなかで、自身の体調や数値の変化から「もしかすると自分は糖尿病の可能性があるのではないか」と意識するようになっていました。診断が下されたわけではありません。しかし、忙しさや年齢だけでは説明しきれない違和感が、確かにあったといいます。

そうした実感をきっかけに、トニーさんは2025年11月から、自分自身の体を使いながら、食事や生活のあり方を見直す「小さな実験」を始めました。糖尿病と向き合う人でも、「おいしい」と感じられるイタリアンはつくれるのか。試行錯誤を重ねながら、料理と体調、数値の変化を行き来する日々を続けてきました。その取り組みは、2026年2月から「塩分控えめのメニュー」として店の中でも本格的に展開されるように。

症状がない。普通に生活できてしまう。だから、受診のタイミングが分からない。

では、その状態が続いたとき、体の中では何が起きているのでしょうか。

第2回では、糖尿病が進行した先に起こりうる三大合併症について、医療の現場で実際に起きていることをもとに整理していきます(以下、敬称略)。

 

糖尿病の三大合併症「し・め・じ」

トニー:前回の話で、「症状がないまま進む」ということは分かったんですけど、その先に何が起きるのかは、あまり想像できていなくて。

牧:そうですよね。そこでよく使われるのが、糖尿病の三大合併症をまとめた「し・め・じ」という言い方です。

トニー:しめじ。きのこの名前みたいですね。

牧:覚えやすいように、そう呼ばれています。「し」はしんけいの「し」。糖尿病神経障害のことです。「め」は「眼」で糖尿病網膜症、「じ」は「じんぞう」で糖尿病腎症(以下、神経障害、網膜症、腎症)です。この3つはバラバラに起きるというより、ある程度、順番に進んでいくことが多いという特徴があります。

トニー:順番、というと。

牧:臨床では、まず神経、次に目、最後に腎臓という流れをよく見ます。

トニー:「し」から始まる。

牧:はい。神経は血管の影響を受けやすいので、比較的早い段階でダメージが出やすいんです。

トニー:しびれくらいなら、我慢してしまう方もいるかもしれませんね。

牧:実際、多くの方がそうされます。問題は、その間も合併症が止まっていないことです。

 

神経障害が壊すのは、生活の質

トニー:神経障害と聞くと、手足のしびれをイメージします。

牧:それもありますね。でも神経って、実はものすごく多くの役割を担っているんです。たとえば、便秘。

トニー:便秘ですか。

牧:腸が動いて便を出す。その動きを司っているのは何か、というと神経なんですね。神経がダメージを受けると、腸の動き自体が悪くなる。

トニー:なるほど。腸内環境の問題というより、動かす司令塔が壊れる。

牧:そうです。だから神経障害が進むと、頑固な便秘になります。

トニー:それは……生活の質が一気に落ちますね。

牧:ほかにもあります。男性の場合、勃起も自律神経の働きです。神経障害が進むと、EDが起きることもある。交感神経と副交感神経のバランスで起きている現象なので、そこが壊れると機能しなくなります。

トニー:神経って、想像以上にいろんなところを動かしている。

牧:さらに分かりやすい例が、立ちくらみです。

トニー:立ちくらみって、貧血じゃないんですか。

牧:もちろん貧血のこともありますが、糖尿病では神経障害が原因のことも多い。たとえば、座った状態から急に立ち上がっても、普通は失神しませんよね。

トニー:確かに。

牧:それは、立ち上がった瞬間に神経が自動で血管を収縮させて、血圧を保っているからです。

トニー:そんなこと、勝手にやってくれてるんですか。

牧:完全にオートです。でも神経障害が進むと、その調整ができなくなる。だから血圧が一気に下がって、立ちくらみが起きる。

トニー:すごいな……。気づかないところで、体が全部つながってる。

牧:そうなんです。神経障害というのは、「しびれる」だけの話ではなくて、自律神経で調整している機能が、少しずつ失われていく状態なんですね。

トニー:しかも、それって一度壊れると、元には戻らない。

牧:基本的には、そう考えたほうがいいです。だからこそ、「今は大丈夫」が通用しない合併症なんです。

 

網膜症は、見えなくなるまで気づかない

トニー:次が目ですよね。目は、急に来るイメージがあります。

牧:実際は、かなり静かに進みます。まず知っておいてほしいのは、目は血管のかたまりだということです。

トニー:血管、なんですね。

牧:特に網膜は、細い血管が密集しています。糖尿病が続くと、その血管にも動脈硬化が起きます。

トニー:それで出血する。

牧:はい。歪んで見えたり、飛蚊症のような症状が出ることもあります。

トニー:ここまでは、まだ気づけそうな気もします。

牧:問題はその先です。出血が起きると、血流が足りない場所ができます。一定期間、その状態が続くと、体は新しい血管(新生血管)を作ろうとします。この新生血管が厄介なんです。

トニー:厄介なんだ。

牧:そうなんです。そもそも僕たちの動脈って、三層構造になっているんですよ。ところが、糖尿病が進んでできる新生血管は、その壁が脆弱。なので、すごく破れやすいんです。

トニー:なるほど。作る割には突貫工事なんですね。ちゃんとした構造を持たない、薄くて弱い血管ができてしまう。

牧:その通りです。強い血管じゃないから、一度出血を起こした網膜は、どんどん出血しやすくなる。

トニー:なるほど……。新しく血管を作って補おうとしているのに、その血管自体が弱くて、結局また破裂してしまう。

牧:そういうことです。補いきれないうえに、さらに出血を繰り返す。その悪循環が起きてしまうんですね。ただ、実はこれ、一応治療法はあります。

トニー:あるんですね。

牧:はい。眼科に行って、新生血管が出ているところにレーザーを当てて、焼く治療です。

トニー:焼くんだ。新しくできた血管を焼くんですね。

牧:そうです。糖尿病のコントロールがうまくいっていない間は、だいたい「毎月来てください」と言われます。

トニー:新生血管を焼く必要があるかどうかを見るために。

牧:そうです。焼くかどうかを判断するための、定期的なチェックですね。

トニー:でも、根本的な解決ではないですよね。毛細血管は壊れ続けるし、新生血管はでき続けるし、動脈硬化も進み続ける。

牧:その通りです。なので、治療して状態が安定するまでは、一定期間通ってもらう必要があります。

トニー:なるほど……。

牧:そして、状態が安定したら、次はどれくらいの頻度かというと、だいたい年に一回のチェックになります。ただ、レーザー治療は、あくまで「今起きている出血への対処」です。レーザー治療がある=安心、ではないんです。

 

腎症と、透析という現実

トニー:神経、目と続いて、最後が腎臓ですね。

牧:腎臓は、血液をろ過して老廃物を尿として排出する臓器です。その中には、非常に細かい血管が集まっています。糖尿病が続くと、その毛細血管が少しずつ壊れていきます。

トニー:壊れると、どうなるんですか。

牧:最初は、尿にたんぱくが漏れ始めます。ただ、この段階ではほぼ自覚症状はありません。

トニー:気づけないですね。

牧:ええ、検査をしない限り、分からないことがほとんどです。それでも、生活は普通にできてしまう。そこが一番怖いところです。腎臓の機能は確実に落ちていっているわけですから。

トニー:そこから、透析につながる。

牧:そうです。腎臓の働きがある一定ラインを下回ると、自分の体だけでは老廃物を外に出せなくなる。そうなると、人工的に血液をきれいにする「透析」が必要になります。

トニー:透析って、どれくらいの頻度で行うんですか。

牧:一般的には、2日に1回、1回およそ5時間。週3回、ほぼ半日が透析に拘束される生活です。

トニー:仕事は……難しいですね。

牧:現実的には厳しいです。しかも透析は「一時的な治療」ではありません。一度始めたら、原則として一生続きます。

トニー:やめたらどうなるんですか。

牧:透析をしなければ、老廃物が体内に溜まり続けます。透析患者さんが透析を中断すると、早ければ1週間以内に命に関わります。

トニー:それは……想像以上に重いですね。

牧:さらに知っておいてほしいのは、透析の「予後」です。人工透析を始めた患者さんを5年間追跡すると、約半数が亡くなっています。

トニー:5年で、半数の方が。

牧:これは、たとえば早期胃がんの5年生存率(約90%)と比べても、がんより死亡率が高いという数字です。

トニー:腎症は「最後に来る合併症」と言われますけど……。

牧:そうです。三大合併症の中では一番最後に現れることが多い。でも、「最後だから大丈夫」では決してありません。

トニー:むしろ、一番取り返しがつかない。

牧:その通りです。腎症に至るまでには、必ずその前段階に神経障害や網膜症といったサインが出ています。そこで食い止められるかどうかが、人生を大きく分ける。

トニー:静かに進んで、気づいたときにはもう戻れない。

牧:腎症は、糖尿病という病気が「サイレントキラー」と呼ばれる理由を、最もはっきり示す合併症だと思います。

 

気づいた「今」から、向き合いはじめればいい

トニー:神経、目、腎臓と聞いてきて、どれも想像以上でした。

牧:そうですよね。ただ、どれも「ある日突然起きた」わけではなくて、静かに、時間をかけて積み重なった結果なんです。

トニー:そう考えると、怖い話ではあるけど、「もう手遅れ」という話ではない気もしてきました。

牧:その通りです。今日お話ししたのは、恐怖をあおるためではなくて、「どこで立ち止まれるか」を考えるための材料です。

トニー:少なくとも、「今は元気だから大丈夫」とは、もう言えなくなりました。

牧:それが、この回の一番大きな意味だと思います。症状がない=何も起きていない、ではない。でも同時に、気づいた時点から選べることは、まだ残っています。

トニー:そのために必要なのが、「自分はいま、どの段階にいるのか」を知ることですね。

牧:初期なのか、境界なのか、それともグレーゾーンなのか。次回はそこを、検査や数値の話も交えながら、具体的に整理していきます。「いつ病院に行けばいいのか」という、一番よく聞かれる疑問ですね。

トニー:迷っている人にこそ、読んでほしい回ですね。

牧:そうですね。はっきりした症状がなくても、迷っている時点で、もう十分に相談していい。そのことを、強くお伝えしたいと思います。

(対談 第3回につづく)

 

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