
むかし、感染症の大家・青木眞先生の講義を聴きに行ったときのことだ。
泣く子も黙る(?)と言われるほどの重鎮である青木先生は、研修医たちにこう語りかけていた。
「WBC と CRP と発熱だけで感染症の悪化と改善を語ってはいけない。
それ以外の所見で説明できるようにならなければ、臨床能力は決して伸びない。」
経験を積めば積むほど、この言葉の意味が深く染みる。
白血球数も CRP も体温も、数字だけでは重症度を語れない――我々はそれを日々の現場で痛いほど知っている。
十年以上前のことだ。
高齢の患者さんが閉塞性胆管炎で入院された。体温は 37.3℃、いわゆる微熱。
CRP は 6 前後で確かに上がってはいるが、風邪でもその程度は上昇する。
白血球数に至っては 3000/μL。むしろ低い。
しかし、救急外来で抗菌薬を投与した直後から血圧はみるみる下がり、
ショックをきたし、その方は 21 時を待たずに息を引き取られた。
その症例を思い返すと、あのとき青木先生が語った言葉が胸を突く。
「もし君が死ぬ直前だとしよう。38℃もの発熱を出す体力があるだろうか。
CRP を 10 や 20 に上げる余力が残っているだろうか。
死にゆく体は、炎症反応すら作れない。
WBC が低いのは、血管内に白血球がいないのではなく、
感染巣に総動員されている証かもしれない。」
そして、先生はこう続けた。
「患者を目で見ずに数字だけで重症度を語ってはいけない。
自分の家族が急変したとき、君は WBC と CRP を見て判断するだろうか。
きっと、普段と何が違うか――
新聞を読んでいた人が読まない、会話が通じない、散歩が日課なのに部屋から出てこない――
その“変化”で危険を察知するはずだ。」
その言葉を聞いたとき、私は改めて
「ベッドサイドに足を運ぶ」という医療の原点を突きつけられた気がした。
忙しさにかまけて診察に行けない瞬間はある。
しかし――やはり、最後は自分の目で見るに勝るものはない。
青木先生の講義は、今も私の臨床の背骨になっている。


