
在宅医療を始めると、「まだ通院もできているし、最期のことなんて考える必要ないよ」とおっしゃる患者さんによく出会います。たしかにその通りだと思います。元気に日々を送っているなかで、自分の“死”について向き合うのは、自然なことではないのかもしれません。
実際、私が総合病院の救急部門や、白血病・結核などの治療に携わっていた頃を振り返っても、「最期をどう過ごしたいか」ということを医師と話し合った経験のある患者さんは、全体の5%未満でした。多くの方が、病状が悪化してから、あるいは命に関わるような急変が起きてから、初めてその問いに直面するのです。
しかし、病状の急変は誰にでも、突然訪れる可能性があります。交通事故や自宅での転倒、風邪からの肺炎など……それまで元気だった方が、ある瞬間からベッド上での生活になるという場面は、在宅医療の現場でも決して珍しいことではありません。
ですから、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)という考え方が大切になってきます。これは、「死の準備」ではなく、「生き方を見つめ直す」プロセスです。あらかじめ、本人と家族、医療者が一緒に話し合っておくことで、もしものときに慌てず、迷わずにすむ。まるで事故に備えて保険をかけておくような行為とも言えるでしょう。
では、具体的に何を話し合えばいいのでしょうか?
いきなり「最期をどう迎えたいですか?」と聞かれても、多くの方が答えに詰まるのは当然です。考えたことがなければ、わからなくて当たり前です。
たとえば、こんなことを一緒に考えていきます。
◾️ ACPで話し合う主な内容
- 延命治療について
心臓が止まったとき、心臓マッサージを希望するか。
呼吸が止まったときに人工呼吸器で延命を望むか。
こうした処置には苦痛を伴う可能性や、合併症のリスクもあります。 - 苦しみを減らすことを優先したいか、命を延ばすことを優先したいか
どんな状況になっても生きていたいのか、苦しみのない時間を大切にしたいのか。 - どこで過ごしたいか、どこで最期を迎えたいか
自宅、病院、ホスピスなど。
「最期まで家で」「最後だけホスピスに入りたい」など、望み方は人それぞれです。 - 意思決定ができなくなったとき、誰に託すか
信頼できる家族や友人がいれば、その方に意思を代弁してもらうことができます。 - 望まない最期はどんなものか
たとえば、「管に繋がれて苦しみながら延命されるのは避けたい」といった、“避けたい最期”を考えることも、大切な出発点になります。
決めきる必要はありません。不安定な感情こそ自然なこと。
「そんな重いこと、自分ひとりでは決められない」
「まだ生きたいし、死の話をするなんて無理」
そんな風に思う方も多いでしょう。でもそれで構わないのです。
私たちは、日々のなかで揺れながら生きているものです。一度考えたとしても、方針を変えていくことは自然なことですし、むしろその「揺れ」こそ人間らしいものです。
大切なのは、「何かを完璧に決めること」ではありません。
大切なのは、「大切な人と大切なことについて、ちゃんと話す時間を持つこと」。
そして、わからないことは“医療者に質問する”という行動もまた、ACPの大切な一歩です。
今が、いちばん若くて、いちばん判断力があるとき
「まだ元気だから考えたくない」
それはとても自然な反応ですが、実は“今”こそが、もっとも冷静に考えられる瞬間です。体調を崩してからでは、時間も心の余裕もなく、十分な話し合いが難しくなることがあります。
ですから、在宅医療をスタートするタイミングで、ACPの話を少しずつ始めていけると理想的です。もちろん、1回の話し合いですべて決める必要はありません。何度でも、気持ちが変わればその都度考え直していけばよいのです。
おわりに
最悪の事態に備えることは、人生を後ろ向きにすることではありません。
むしろ、「今をどう生きるか」を考える、前向きなきっかけになることもあります。
私たちは、あなたの「生き方」「大切なもの」「望む時間」に寄り添う存在でありたいと思っています。
どうか、安心して、何度でも一緒に考えましょう。
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⭐️ACPについては当院作成の資料「患者さんとそのご家族へ」にも詳しくまとめています。


