緩和ケアの領域では、身体的苦痛・精神的苦痛・社会的苦痛・スピリチュアルペイン、この4つの苦痛があると整理されることが多くあります。
正直に言うと、私自身、つい最近まで「精神的苦痛」と「スピリチュアルペイン」の違いが、はっきりと理解できていませんでした。
スピリチュアルペインは「自己の存在意義や、人生の根源的な価値が揺らぐことによって生じる痛み」と定義されますが、人生を振り返りながら
「自分の人生に意味はあったのか」
「何のために生きてきたのか」
と考え込む状態は、どうしても精神的苦痛と重なって見えていたからです。
「結局、何が違うのだろう?」
そんな疑問を抱えたまま、スピリチュアルペインという言葉を使っていた時期がありました。
スピリチュアルペインは「対応できないもの」なのか
最近、改めてスピリチュアルケアに関する書籍『医療者のための実践スピリチュアルケア』を読み直し、ようやく腑に落ちる感覚を得ました。
医療現場ではしばしば、「スピリチュアルペインは良くならない」「だからマネジメントは難しい」という声を耳にします。
確かに、簡単ではありません。
なぜなら、患者さんの人となりや価値観、思考の癖、自律性を理解するには時間が必要だからです。
その時間が十分に残されていないことも少なくありません。
それでも、患者さんが「苦痛の中にある」という事実から目を背けることはできません。
向き合うこと自体が、医療従事者の役割の一部だと私は考えています。
「コントロールできないから、触れなくていい」
そう割り切ってしまうと、評価も思考も止まってしまいます。
スピリチュアルペインを疑ったとき、最初に確認すべきこと
では、スピリチュアルペインに出会ったとき、まず何から始めるべきでしょうか。
結論から言えば、本当にスピリチュアルペインなのかを見極めることです。
以前、診療中に便秘の患者さんがいました。
麻薬使用に伴う便秘はよくある合併症です。
摘便や浣腸を提案しましたが、患者さんの気が進まず実施できていない、という報告がありました。
同時に「スピリチュアルペインが強いと思います」という相談も受けました。
ここで重要なのは、身体的苦痛が十分に評価・除外されているかという視点です。
身体的苦痛があると、他の苦痛は整理できない
たとえば、自営業の方がインフルエンザで寝込んでいる場面を想像してみてください。
月末の支払い、従業員の給与、銀行振込、取引先対応、親の介護、子どもの世話……
考えなければならないことが多すぎて、体を休めたくても気が休まりません。
この場合、周囲の支援によって
「今は体を休めることに集中していい」
という状況が整えば、初めて回復に向かえます。
患者さんも同じです。
身体的苦痛が残ったままでは、
精神的・社会的・スピリチュアルな問いに向き合う余裕は生まれません。
「スピリチュアルペイン」という言葉で思考を止めない

便秘の患者さんの例では、まず行うべきは便秘のコントロールです。
内服、摘便、浣腸を行わずに経過すれば、糞便イレウスを起こし、嘔吐が始まります。
そうなると今度は「吐き気をどう止めるか」という相談に変わり、対症療法を重ねることになります。
しかし、嘔吐の原因は明らかに便の貯留です。
制吐薬では根本的な解決にはなりません。
終末期で「薬を飲みたくない」という選択がある場合もあります。
その場合は、
・起こり得る症状
・コントロール不能になる可能性
・そのまま亡くなるリスク
これらをトレードオフとして理解・共有していることが前提になります。
スピリチュアルペインを診る前に整えること
まとめると、スピリチュアルペインを疑ったときにまず行うのは、
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身体的苦痛はないか
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緩和できる余地は残っていないか
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社会的・精神的苦痛が評価されているか
これらを丁寧に確認し、可能な限り取り除いていくことです。
それでもなお、「これらとは別の苦痛が残っている」と感じられたとき、初めてスピリチュアルペインを考える段階に入ります。
スピリチュアルペインの3つの視点
スピリチュアルペインは、大きく次の3つに整理できます。
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時間存在
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関係存在
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自律存在
すべてが明確に分けられるわけではありませんが、「漠然とスピリチュアルペイン」と捉えるより、どの側面が揺らいでいるのかを考えることで理解は深まります。
実際には、精神的苦痛だった、身体症状の影響だった、ということが見えてくる場合も多いです。
ラベリングで終わらせないために
スピリチュアルペインをブラックボックスのように一括りにしてしまうと、適切な診療計画は立てられません。
私自身も、「スピリチュアルペイン」という言葉で思考を止めていた時期があったのだと思います。
その反省も込めて、今回整理してみました。
この記事が、スピリチュアルペインを理解し、一歩踏み込んで考えるための手がかりになれば幸いです。


